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ハコスカ関連情報:ハコスカと聞いてピンとくる人は30代以上の...
ハコスカと聞いてピンとくる人は30代以上の方だろうか?中でもGTRの名声は健在だよね。
ニッサンの箱型スカイライン2000GT・2000GTR。
心臓部にニッサン全盛期のL型エンジンを搭載した車種なので、チューンアップを好む方々からは絶大な人気だった。
ハコスカGTRの足回りは、四輪独立懸架となっており、その当時では先進の方式を採用していて、この四輪独立懸架の方式こそが、ハコスカをローダウン(当時では「シャコタン」と呼んでいた)した時に、後輪がハの字となり、リヤフェンダーにギリギリまでのタイヤを組んでいたものだった。
よく「ツライチ」と言うよね。
そのドレスアップの方法は今でもよく見かけるが、ハコスカがその先駆けだったのではないだろうか。
ハコスカは、スカイライン2000GTの後に、スカイライン2000GTRが誕生したのだが、GTRは最初からリヤフェンダーにワークスオーバーフェンダーが装着され、エンジンの性能はレーサーそのもので、エンジン音が中速くらいからカン高くなり、アクセルレスポンスは最高の一言。

ハコスカGTRに搭載されたL型エンジンは、剛性が高く、ポテンシャルがとても高いエンジンなので、チューンナップを施せば、飛躍的にパワーアップすることが出来る。
ハコスカは現役でゼロヨンの競技やレースの世界で活躍しているから、ハコスカの心臓はまさに不朽の名機といえるスーパーエンジンだね。

ハコスカGTRのこの特徴が、きっと当時のチューンアップを好む方々のハートを鷲掴みにしたんだね。

ハコスカGTRのこの特徴が、きっと当時のチューンアップを好む方々のハートを鷲掴みにしたんだね。

スカイラインの3代目ハコスカが誕生したのが昭和40年。
会社の上層部では日産とプリンスの合併話が進んでいる頃だね。
そのころ現場では次期スカイラインの開発が進んでいた。
箱型スカイラインの試作車は、日産とプリンスの合併した昭和41年頃には既に作られていたそうだ。


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